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 恋文の技術
2011.08.23(Tue)
読了。

昨日、守田君が神様みたいと書きましたが、
彼は文才のあるただの若者で童貞でした。

どっちかというと周りの人達の方が神様みたいだった。

でもまた途中で神様みたいな人だなと思ったり。

元々文章を書くのが嫌いじゃないからこんなブログを始めたわけで、
そういう人間にとっては、
あー文章ってやっぱり楽しいな、とか
文章の効能ってこういうもんだよなー、とか
なんというか、
そういう気持ちになれる本、でした。


そして ファンタジーだなあとも思った。
誰もひどく傷つかず、とにかく必ず“いい方向”へ向かっていける、と信じられるというファンタジー。

ただ、
こういうファンタジーを信じられない人間には、
多分、己の人生の中で、こういうファンタジーに出会えない、
味わうことは出来ないと思うので、
ああ、いいものを読んだなあ、と、
精神が浄化される思いでいるのが正しいんだと思います。


教訓を求めるな、と(本の中で)再三言われましたが、
この本で私が得た教訓は、
バカでも失敗でも何でもいいから動いておけ、
ということですね。
動いて、何かを乱さないことには歴史が生まれない。
その歴史が“私(自分)”を作るのだということ。

そして誰かに“相手”にされる(愛されたり好かれたり嫌われたりもするかもですが)のは、
そうして積み上げられた“私(自分)”であるということです。


うん、良い本でした!
ぽんぷ様、ありがとうでした!
// 21:01 // 森見登美彦
| そのミステリに用がある |
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