FC2ブログ
 スポンサーサイト
--.--.--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
// --:-- // スポンサー広告
 日除け(ちょっと書き直し)
2008.06.28(Sat)
最近、日傘に凝っています。

多分、Vシリーズの紅子さんの影響だと思う。(アイタタタタタ)
加えて、もう既に時遅し感満載なのですが、光老化を食い止めろキャンペーンということで。(おばちゃんなので…)
ゆえに、機能性重視でUVカット率の高いもの、さらに赤外線もカットして遮熱性の高いものがベストなのですが、そういうのってどうもデザインがエレガントじゃなくて選択が難しい。
紅子さんからの連想で日傘ですからね、そら、エレガント性も大事なの!
UVカット率が高いと生地に透け感がなくて、ロベルタ(「ブラックラグーン」)の防弾布パラソルみたいになる…。

その割りにリュック背負ってスニーカー履いて差してますけどね。
本人もエレガントからは大きく外れてますけどね。

で、そんなこんなで色々調べていく中で、日傘ではないのですが、これはもうね、再来月の(おそらく)炎天下、お台場のはずれに朝から並ぶ同胞のことを思うとどうしても言及したくなって…。
いくら同人女だって、まんレポに「日傘が邪魔」というレポートが上がってくるほどには、UVに木を使っている、もとい、気を遣っている女子がいるわけですよ。
いや、これなら男子も使えないことはない、と、思う、けど、どう、かな…(目そらし)。

(気をとりなおして)てなわけで、そんなアナタに!
(あ、ええと、サンバリア100という企業サイトというか通販サイトの商品紹介ページへ飛びます。宣伝のつもりは全くありませんが、ヤだな、という方はご注意を)

→ ttp://www.uv100.jp/nagashikaku.php (頭にhを足してください)

ネーミングはかなり衝撃的ですが(私は3秒ほど息が止まった)(<森先生の真似)、もう、コミケの行列時のUV対策にうってつけじゃないですか!?
あ、あと、フェスとかの野外ライブね!
傘ってのは場所と状況によってはすごく人迷惑ですからね。

なかなか買えないらしいのが玉に瑕ですが…。

あ。
上記のサイトのコラムで読んだかどこで読んだか忘れましたが、新聞紙ってUVカット率100%らしいですよ。
漢ならこれか!?(笑)
スポンサーサイト
// 23:41 // それ以外の話
 四季 冬
2008.06.28(Sat)
自分との公約通り、再読しています。
まだ、気になるところをパラパラしている程度ですが…。

最初に読んだ時にも突然深くまで突き刺さったフレーズが有ったのです。
これが天才の痛みか、孤独か、と。

でも、さらに読むにつれ、「それだけではない」ことに思い当たって…。
森先生の作品には、そういう、一言では表せないものを感じることが多いです。
だから好きなのですが。

というか、それを表す為の最低必要量が“作品”なのですよ、創作というのは。
それ以上少なく出来ないものなんですよ。
私は「絵に描けるものを絵に描いても意味がない」「言葉で言い表せることを言葉にしても意味がない」と元々思っている人間なので、そう思うのかも。


それ故、そのフレーズにだけ注目するのは避けたというか、排除したのですが、
今回やっぱり、突き刺さったので、それは私に響く言葉なのだろうと。

そのフレーズは(ネタバレ防止、反転しています)
私が作ったものじゃない?全部、私が想像して、頭の中で、私が動かしているお人形なんじゃない?
です。
この、恐怖。
こんなことを感じたら、恐ろしくて怖くて悲しくて、恐慌状態に陥りそう。
でも、私は普通なので(「普通って言うなぁ!」)、
そんなことあるわけないじゃん。だって全然思い通りになる人なんていないし、予想外のことだって起こるし、現実は私の予想を超えてるもの
と思って安心できる。
でも、彼女には、その安心材料がない。
予想外の事態が無い
世界の全てが、予測の、計算の、想定した何万通りかのシュミレーションのうちの一つでしかない

これまで、彼女の大きさ広さ速さを、怖い、と感じてきましたが、このフレーズで初めて“彼女が感じている恐怖”(の欠片)を実感(何万分の一以下でしょうが)させられた気がします。
// 22:02 // 森博嗣
 迷宮百年の睡魔
2008.06.24(Tue)
えっと、実は昨日読了しまして、感想もアップしたつもりだったんですが…。
そういえば、最後に“保存”を押した記憶が無い…。
バカッ!!

ということで改めて。

ミチルとロイディが前作より仲良くなっていて、かわいい。
(でも、このシリーズは三部作だそうで、この微笑ましさ、かわいらしさが悲しい伏線になるような気がするのは取り越し苦労?)(取り越し苦労て)


このシリーズは、口当たりのいいお酒のようです。
冷たくて、軽いから、一口一口飲んでしまう。
そして気付くと、ふわふわとした浮遊感の中にいる。
そんな感じ。

大した出来事があるわけでもない部分も、何故か読むのを止められない。
そこに“描かれた世界”を、もっと視たい。
そうやってどんどん奥へと、いつの間にか取り込まれている感じ。
振り返ると、自分の来た道が無くなっている感じ。

ああ、
物語自体が“迷宮”だということ…。


また、森先生が怖くなりました。



ええと、それ以外に思ったことを“続き”から。
単なる推測ですが。
// 20:22 // 森博嗣
 迷宮百年の睡魔
2008.06.22(Sun)
まだまだ半分も読んでませんが…。

ミチルとロイディがなんか、いちゃいちゃしててカワイイ…。
(アラーム!アラーム!!)
// 00:35 // 森博嗣
 女王の百年密室
2008.06.19(Thu)
読了。

なるほど、これが、あの事件―――。


森先生の思考の筋道が抽象化されて、“物語”とからみあっている、そんな印象の作品でした。

最後まで読んだ後、それ以前を読み返すと、何気なく読んできたセンテンスが、悲痛な諦めであったり憤りであることに気付く。
そんな設計の物語だと思います。

人間とは?
私が私であること、とは?
生きている、とは?

薄くて儚くて脆い。

「四季」を読んでいた時に、ふわふわした浮遊感を感じていましたが、この作品でも感じました。
上も下も“無い”感じ。

// 22:41 // 森博嗣
 あれ?
2008.06.17(Tue)
や、「レタス・フライ」のラストの話ですけれど…。

なんで、あの人がそれを知ってるの?


うわ、これまでに読んだ作品のどこかにヒントが有ったか…。
それともこれから読む作品に有るのか…!


// 21:12 // 森博嗣
 レタス・フライ
2008.06.17(Tue)
たった今読了しました!

うわぁ…!!
うわ、うわぁ…!
知りたいと思っていたことを知ることが出来ました…!(「刀之津診療所の怪」)

嬉しい!
ああ、本当に嬉しい。
全く予測してなかったので…。


それはそれとして、これまでにいくつかの作品を読んで思っていたことを、ここで。

「貴女がそこまでする男!?」と(笑)。
もうね、これは作中複数の女性に、何度思ったか!!

うーん、やっぱり私、女性に点が甘いでしょうか…。
そう思わなかった、ほぼ唯一の例外は萌絵ちゃんかな(笑)。

ああ、でもそれがきっと“恋”なんだな…。
登場人物の女性達は、それをしっかり自覚している。
冷静に観察している。
非常に理性的。
理性的だからこそ、そのエネルギィに迷いがない。潔い。

// 20:56 // 森博嗣
 四季 冬
2008.06.14(Sat)
昨日、読了しました。

読了直後、この巻だけは、“つかみきれなかった”という思いが強くて、再読すべきなのかどうか悩んだりして…。

究極の干渉。
生きていることの不思議。
この身体が、この細胞が、こんなことを感じて、心を動かして、活動している不思議。
神秘ではなく、問題。クエスチョン。

急いで読んでしまったことが悔やまれる。
どこに行こうとしているのか、それだけでもわかりたかった。
いや、“わかった”と思いたかった。

多分、この作品は、一生読める。
何度読んでもその度に、違う涙が流れるだろう。

そういう予感。
その“大きさ”だけは感じ取っているということ…。


そして改めて、全部持っている人なのだ、ともう一度思いました。
究極の自由さ。
何一つ単純化することなく吸い込める、自分の中に収めている。
それを描ける森先生も、凄まじいと思います。


もう一度、女王の百年密室迷宮百年の睡魔を読んでから再読したい。

// 17:58 // 森博嗣
 四季 秋
2008.06.12(Thu)
読了。

今一番心に響いている言葉は
ちゃんと直るものね、人間って」(ネタバレ防止、一応反転)
です。
救われた。
さらりと書かれた一言ですが、沁みました。
泣けた。


真賀田四季は愛の人だった、愛の人でもあったのだ、と思いました。
ちゃんと愛も知っている。
この大きさ…。
この世界の、この世の、何ものをも切り捨てない容量の大きさ。
どちらも“100”であるその凄さ。


これまで抱いてきた“畏れ”の中に、違う感情が芽生えてきました。

これは何だろう…。

尊敬?
愛しさ?

何だろう。


感情は言葉よりも“前”にあるものだから、これだ、という言葉が見つからないのは当たり前だけど…。

忘れたくないな、と思う。

こんな想いは初めてです。
と、四季博士を知ってから思いっぱなしです。



それと、この「秋」で、ハラハラしたりドキドキしたりものの見事に翻弄される自分を鑑み、改めて、「私、好きなんだなあ、このキャラクタ達が」と思いました。


さあ、「冬」へ…!
// 20:01 // 森博嗣
 ぎゃああ
2008.06.11(Wed)
ちょっと!
ちょっと、もう…!

(天を仰いで)本当にもう、こっちの身がもちません…!


ああああ、もう…!
// 08:55 // 森博嗣
 あああああああ
2008.06.11(Wed)
登場人物に関するネタバレです。
が、単なるファンの雄叫びです。
それでも良い方は、“続き”から…。


// 08:43 // 森博嗣
 四季 秋
2008.06.11(Wed)
ああ…。
“あの短編読んでて良かった!”再び。

期せずして、運良く、なかなかいい順番で読んでこれたということかな…。
我が運、GJ。マジで。


その短編が何なのかと、登場人物に関するネタバレを“続き”から…。




// 08:30 // 森博嗣
 四季 秋
2008.06.10(Tue)
本日より。

……。
さんざん「解答は知っている」とかほざいてきましたが、「秋」を読んで初めて思い当たったことが…。

「あ。て、ことは世津子さんて…」

アタシ、バカァ!?
(アスカでお願いします)

いやもう、己の愚鈍さに驚愕…。


昨日書いたことに補足。
彼女のそれは、彼女が翻弄されつつも、彼女の冷静な“実験”、仮説の“証明”でもあるんだな、と思います。

それが両立して成立するのも“特性”だと思う。

そして「すべてがFになる」でのあの事件と、Vシリーズ「人形式モナリザ」で紅子さんが七夏さんに「それが出来る」と言い放ったことが、繋がって意味を成す。

Vシリーズは「四季」の為の物語だったのかもしれない。
(勿論、単独でも完成するように設計されているけれど)

S&Mシリーズ、Vシリーズ、四季シリーズ、一貫しているのは“天才”の“果てしなく自由である”、というイメージ。

今まで私はそれぞれに読んで、それぞれに思うことを書いてきたけれど(ゲストブックも含めて)、期せずして使うキーワードが同じなのは、受ける刺激に一貫性があるからだと思う。

こうして、森先生の速さ、広さ、高さも、まざまざと、戦慄するほど、実感させられる。
「有限と微小のパン」で感じた“畏れ”を物語の外でも感じてしまう。

凄いものと出会った。
出会えた。とも思うし、
出会ってしまった。とも思う。

// 20:21 // 森博嗣
 四季 夏
2008.06.09(Mon)
読了。

途中、驚かされることばかりで(ええ!この人がこんな形で!)、これ以上何かあったらこっちの身がもちません!!と、読むペースが落ちました…(笑)。

「すべてがFになる」を読んだ時、
「天才なのに?」
「天才でも、こうなるのか?」
と思っていた。
「四季 夏」を読んで、「ああ、天才でもそうなのだ」、そう思うのと同時に
「桁違いの天才だからこそ己のそれを無視しないのだ、容量の大きさが違うのだ」と思った。
それでも、恋は、天才がそれを無視できないものなのだ。
あの各務さんすら動かす。
恋とは凄まじい、得体の知れないエネルギーだ。

それが“恋”か、と思う。
こう思うのは多分私が“恋”をしたことがないせいだろう。

森先生は女性の深い恋を描く人だな、と思う。
男性の恋は…。
描かれているとしたらおだやかでゆるやかな、受け入れる恋。
静物のような。
森先生が“欲して”“動く”男性を描くのが見てみたい。
// 23:13 // 森博嗣
 秋葉原
2008.06.08(Sun)
今日秋葉原で大変な事件がありましたね。

もちろん、どこで起きようが大変な事件なのですが、私もオタクの端くれとして、秋葉原は、なんというのか、「仲間がたくさんいる場所」という感覚があります。

普通に望んだ未来を、望んだという認識もないほど自然な、当然来るはずだった“明日”を、もぎとられた無念と恐怖を思うと、部外者の勝手な、生温い感情かもしれませんが、涙が出ます。


亡くなられた方のご冥福と、被害に遭われた方の一日も早い回復を心からお祈りします。
// 23:59 // それ以外の話
 四季 夏
2008.06.05(Thu)
本日より。
まだまだ冒頭ですが。


試されている、と(勝手に)思う。

時が流れ、情報が散りばめられ、リンクしている部分が増える。
正確に“参照”出来ているか、それが出来た上で今読んでいるものを“認識”出来ているか。
その“意味”を理解出来ているか。

作品は、それをしなくても充分な価値がわかるように設計されているけれど、それでも、少しでも、広く、詳細に認識したい。


うまい言葉が見つからないのですが、
魅了されている
ということかな…。
この“世界”に。

// 08:47 // 森博嗣
 四季 春
2008.06.02(Mon)
本日より。

ああ、あれが、ここか。
とか、
ああ、あの人…。
とか、無論今後も思いながら読むことになるのでしょうが…。


“天才”の頭の中が見える感じがします。
だから天才なんだな、と実感出来る。
これが天才なんだな、と実感出来る。

その速さ、その広さ、その高さ、をあらゆる場面で見せつけられる。


それだけで引き込まれる。
その速さ、その広さ、その高さを、見ていたいと願ってしまう。

それだけで、読む価値がある、とすら思う。
// 23:02 // 森博嗣
| そのミステリに用がある |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。